ヴォルビリス
ヴォルビリス は、モロッコにある古代遺跡。フェズとラバトの間で、メクネスに比較的近く、最も近い町としてはMoulay Idrissがある。
写真: Subhros · CC BY-SA 3.0
- 国
- モロッコ
- 地域
- Fès-Meknès
- 文明
- Mauretanian-Roman
- 時代
- 3rd century BCE–11th century CE
- ユネスコ
- 世界遺産 ↗
時代の流れ
歴史
ヴォルビリス は、モロッコにある古代遺跡。フェズとラバトの間で、メクネスに比較的近く、最も近い町としてはMoulay Idrissがある。ヴォルビリスは、北アフリカにおける古代ローマ都市の、最良の保存状態を誇る遺跡のひとつとして、ユネスコの世界遺産に登録されている(ID836)。
古代には、ヴォルビリスはローマ帝国の勢力範囲の西限に位置する重要な都市であった。都市が建造されたのは、マウレタニアの王プトレマイオスがカリグラ帝に暗殺された後の西暦40年頃のことであるが、この町は紀元前3世紀来のカルタゴの施設群の上に築かれたと推測されている。「ヴォルビリス」の名は、ベルベル語のAlili(キョウチクトウ)に因む。
この花は、一帯ではありふれたものだった。ヴォルビリスはマウレタニア・ティンギタナと呼ばれていたアフリカのローマ属州の中心都市でもあった。この地は肥沃で、小麦やオリーブオイルなどを多く産出した。それはローマへと出荷され、この町に富と繁栄をもたらした。217年にはアントニヌス勅令を発してくれたカラカラ帝への感謝を捧げた「カラカラ帝の凱旋門」が建造された。
西暦3世紀末にはローマ帝国はモロッコの大半から撤退したものの、他のローマ都市と異なり、ヴォルビリスは放棄されなかった。しかし、ローマが去ったことで生活様式には変化が起こった。水道橋が適切に維持されなくなったため、住民は水を求めて高地の生活を棄て、川沿いの低地に住んだのである。さらに、4世紀後半の地震によって壊滅的被害を受けたと推測されている。
6世紀になると再び人が住まうようになり、当時の墓石に刻まれたラテン語の碑銘などからは、この地にキリスト教徒の共同体が存在していたことが看取される。しかし、7世紀にはマグレブ全域をイスラームが席巻し、681年にはヴォルビリスはアッバース朝の支配下に入った。
789年には、アリーとハサンの子孫に当たりイドリース朝を創始したイドリース1世が、アッバース朝の迫害から逃れてこの地に落ち着いた。イドリース2世によってフェズの都市が建設されると、ヴォルビリスの重要性は失われた。
Wikipedia(CC BY-SA 4.0)より。
見どころ
- Capitoline Temple
- Arch of Caracalla
- House of Orpheus
訪問の前に
- 開館時間とチケット規則は訪問直前に確認しましょう。季節で変わります。
- 暑さ対策を。多くの遺跡は日陰が少ないので、早朝か夕方がおすすめです。
- 柵を守りましょう。壊れやすい遺構は次の訪問者のために保護されています。
ヴォルビリスでの発見
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