ウル
ウルは古代メソポタミア南部にあった古代都市。ウバイド期(紀元前6500年~紀元前3800年頃)には人が居住し、紀元前三千年紀にはウル第1王朝が始まった。
- 国
- イラク
- 地域
- Dhi Qar Governorate
- 文明
- Sumerian
- 時代
- 4th millennium BCE–4th century BCE
- ユネスコ
- 世界遺産 ↗
時代の流れ
歴史
ウルは古代メソポタミア南部にあった古代都市。ウバイド期(紀元前6500年~紀元前3800年頃)には人が居住し、紀元前三千年紀にはウル第1王朝が始まった。紀元前一千年紀に入ると新アッシリア帝国及び新バビロニア帝国の支配を受けたが、紀元前5世紀のアケメネス朝の時代に入ると衰退。長らく忘却されていたが、紀元19世紀に入って発掘・再発見された。
現在のイラク南部、ジーカール県のテル・エル=ムカイヤル(Tell el-Muqayyar、アラビア語: تل المقير)が古代のウルである。ウルはシュメールの重要な都市国家であった。ウルはかつてユーフラテス川がペルシア湾に注ぐ河口そばに位置する都市であったが、現在では海岸線が移動し内陸となっている。ウルはユーフラテス川南岸にあり、現代のイラクの都市ナーシリーヤから16キロメートルの位置にある。
ウルは前3800年頃のウバイド期に創建され、前2600年頃に都市国家として文字史料に記録されている。初めて文字史料に登場する王はメスアンネパダである。
ウルの守護神はシュメールとアッカド(アッシリア・バビロニア)の月神ナンナ(アッカド語:シン)であり、都市の名前はこの神に由来している。UNUGKIという名前は文字通りには「ナンナの住まう所(UNUG)」を意味する。
この遺跡には部分的に修復されたウルのジッグラトの遺構が残されている。これはナンナ神殿であると考えられており、1930年代に発掘調査が行われた。このジッグラトは前21世紀(低年代説)のウル・ナンム王の治世中に建設され、前6世紀にバビロンの王ナボニドゥスによって再建された。ジッグラトの遺構は南北1,200メートル、東西800メートルに及び、北東から南西に向けて現在の平野の面から約20メートルの高さになっている。
Wikipedia(CC BY-SA 4.0)より。
見どころ
- Great Ziggurat
- Royal Cemetery
- Giparu
訪問の前に
- 開館時間とチケット規則は訪問直前に確認しましょう。季節で変わります。
- 暑さ対策を。多くの遺跡は日陰が少ないので、早朝か夕方がおすすめです。
- 柵を守りましょう。壊れやすい遺構は次の訪問者のために保護されています。
ウルでの発見
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