ルクソール神殿
ルクソール神殿は、エジプトのルクソール(古代のテーベ)東岸にある古代エジプト時代の神殿である。
- 国
- エジプト
- 地域
- Luxor Governorate
- 文明
- Ancient Egyptian
- 時代
- 14th century BCE onward
- ユネスコ
- 世界遺産 ↗
時代の流れ
歴史
ルクソール神殿は、エジプトのルクソール(古代のテーベ)東岸にある古代エジプト時代の神殿である。古代エジプトにおいてイペト=レスィト(Ipet-resyt「南の専用神殿」「南の後宮」)とされた神殿であり、アメン(アメン=カムテフ〈「自らの母親の雄牛なるアメン」〉)に捧げられたアメン=カムテフ神殿であった。カムテフ(「自らの母親の雄牛」)は、アメンと豊饒神ミンが習合した神の形容辞(形容語句)として新王国時代(紀元前1550-1069年)以降に使われた。
この神はアメンエムオペ(「オペトのアメン」)とも称され、神殿は「南のオペト(隔絶された場所)」とされた。
新王国(第18王朝-第20王朝)時代には毎年、アケト(氾濫季)の第2月にオペト祭が約2-4週間にわたり行なわれ、カルナックのアメン大神殿より大神アメン(アメン=ラー)の神像がムト、コンスを伴い、儀式用の聖舟(バーク)に乗り、三柱神は2キロメートル余り (3km〈2mi〉) 離れた南端のルクソールの神殿を往復した。
ルクソール神殿とカルナックのアメン大神殿とはスフィンクス参道(ドロモス)で結ばれていた。神殿入口となる第1塔門の前には1対のラムセス2世の座像(倚像、いぞう)、手前にはオベリスク(高さ25.00m)が1本立っている。ルクソールのオベリスクは本来左右2本あったが、右側の1本(高さ22.55m)は1819年、フランスに贈られてパリに運ばれ、現在コンコルド広場にある。
Wikipedia(CC BY-SA 4.0)より。
見どころ
- First Pylon
- Colonnade of Amenhotep III
- Avenue of Sphinxes
訪問の前に
- 開館時間とチケット規則は訪問直前に確認しましょう。季節で変わります。
- 暑さ対策を。多くの遺跡は日陰が少ないので、早朝か夕方がおすすめです。
- 柵を守りましょう。壊れやすい遺構は次の訪問者のために保護されています。
ルクソール神殿での発見
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