ナン・マトール

ナン・マトール

ナンマトルは、ミクロネシア連邦のポンペイ州のポンペイ島南東部に残る人工島群の総称であり、後述するように、その考古遺跡の規模はオセアニア最大とさえ言われる。

写真: NOAA · Public domain

国
ミクロネシア連邦
地域
Pohnpei
文明
Saudeleur
時代
13th–17th centuries CE
ユネスコ
世界遺産 ↗

時代の流れ

先史時代前3000年以前青銅器・鉄器時代前3000–前800年古典期前800–前323年ヘレニズム・ローマ前323–後400年古代末期・中世400–1500年

歴史

ナンマトルは、ミクロネシア連邦のポンペイ州のポンペイ島南東部に残る人工島群の総称であり、後述するように、その考古遺跡の規模はオセアニア最大とさえ言われる。人工島が築かれ始めたのは西暦500年頃からだが、ポンペイ島全土を支配する王朝(シャウテレウル王朝)が成立した1000年頃から建設が本格化し、盛期を迎えた1200年頃から1500年(または1600年)頃までに多数の巨石記念物が作り上げられていった。

人工島は柱状の玄武岩を寝かせて組み合わせ、その枠の内側をサンゴや砂で埋めて造ったもので、100以上とされる人工島は互いに水路で隔てられており、その景観は「太平洋のヴェニス」、「南海(南洋)のヴェニス」、「ミクロネシアのアンコールワット」などとも呼ばれる。

人工島の上に築かれた巨石記念物群は王や祭司者の住居のほか、墓所、儀式の場、工房など様々な役割をもっており、その大きさも様々である。巨石記念物群は数トンから数十トンにもなる玄武岩柱を積み上げたもので、どのような技術を使ったのかは解明されていない。レラ遺跡などのミクロネシア連邦の他の遺跡、さらには広くポリネシア等の遺跡との関連性についても研究が進められているが、明らかになっている点は限られる。

なお、超古代文明論ではムー帝国の首都の遺跡などとされることもあるが、考古学的な検証からは否定されている。

調査・保存などについて日本を含む国際的な協力も受けて、2016年には、UNESCOの世界遺産リストに登録されたが、マングローブの繁茂などといった遺跡保存への脅威から、危機遺産リストにも登録された。

日本ではナン・マドール、ナン・マタール、ナン・マトール等、複数の表記がなされる(後述)。なお、ナンマトル及び関連する固有名詞のカナ表記は揺れが非常に大きいので、この記事では便宜的に、現地音に近いカナ表記を採用したとする片岡, 長岡 & 石村 2017の表記で統一する(ポンペイ島など、ウィキペディア日本語版上で記事が立っている一部の名詞を除く)。

Wikipedia(CC BY-SA 4.0)より。

見どころ

  1. Nandauwas
  2. Canal network
  3. Basalt islets

訪問の前に

  • 開館時間とチケット規則は訪問直前に確認しましょう。季節で変わります。
  • 暑さ対策を。多くの遺跡は日陰が少ないので、早朝か夕方がおすすめです。
  • 柵を守りましょう。壊れやすい遺構は次の訪問者のために保護されています。

ナン・マトールでの発見

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